2016
08.19

オリンピックの地

Category: できごと
リオ五輪が盛り上がってますね。選手の活躍の一方、現地の治安の悪さや設備の不備なども話題になっているのをテレビでご覧になったかと思います。
さて、リオデジャネイロのお隣、サンパウロ。私は父親の仕事の関係で中学生の3年間をサンパウロで過ごしました。子どもだったので、曖昧だったり不確かな記憶もありますが、当時のことを少し紹介します。
リオ五輪の中継ではビーチ風景などで夏のようなかんじですが、今は冬です。とはいえ、コートが必要なほどではなく、朝晩に上着が必要なくらい。夏も日本のような蒸し暑さはなく、日陰や家の中では快適です。
当時も治安はニューヨークより悪いと言われ、私たち学生はスクールバスの送迎で住まいと日本人学校を往復、友達と寄り道とか買い食いとか…憧れでした。休日に友人と遊ぶときは誰かの家だったり。いわゆる「リュック」は現地の方々も前に抱えて使用していたと思います。貧富の差が大きく、子どもながらかなり強いカルチャーショックを受けました。
食べ物に関して、食材はとても豊富で、日系人も多いことからある程度の日本食もありました。豆と豚肉の料理「フェジョアーダ」やヤシの新芽の酢漬け?「パルミット」、ケールの炒め物「コーベマンテーガ(と言っていたような)」が大好きでした。現地のイタリアンやインド料理屋さんもとっても美味しかったのを覚えています。
今思うと、治安の悪さゆえに不自由もありましたが、家族で過ごす時間が多かったこと、日本人学校は敷地が広く制服や校則もなく楽しく過ごせこと、ありがたいことに怖い思いをせず現地の方には良くしてもらい素晴らしい3年間だったと思います。
飛行機嫌いの私が再び24時間のフライトに耐えられるか…ですが、いつかまた訪ねてみたいです。


✳︎現在はわかりませんが、現地はエタノール車が主流で、独特な空気臭がします。
✳︎上記のお料理は日本のブラジル料理屋にもあります。最近は店舗数も増えた『バルバッコア』は豪快さが現地レベルです。






最近は店舗も増えた『バルバッコア』でも

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